呼吸器外科

呼吸器外科

はじめに

呼吸器外科呼吸器外科
 肺癌は年々増加傾向にあり、臓器別がん死亡率は第1位となっています。当科では胸腔鏡という内視鏡を用いた傷の小さな手術(VATS:バッツ)やロボット支援下手術を積極的に取り入れ、治療における患者さんの身体への負担の軽減を図っています。早期肺癌に対しては、肺実質の切除範囲やリンパ節の郭清範囲の縮小を行ない(縮小手術)、出来る限りの肺機能温存を心掛けています。一方、進行した肺癌に対しては根治を目的に拡大手術や、手術に薬物治療や放射線治療を組み合わせた集学的治療を行い、治療成績の向上を目指しています。
 呼吸器内科、腫瘍内科、放射線診断科、放射線治療科、病理部との合同カンファレンスにより、一人一人の患者さんにとって最善の治療方針を検討しています。最新機器の導入、精度の高い診断、世界レベルのエビデンスに基づいた治療選択、安全で質の高い手術などによって最先端で高水準の治療を患者さんに提供すべく日夜努力しています。また、肺がんの予後改善を目指し、治験を含む臨床試験も行っており、新たな標準治療の確立を目指しております。セカンドオピニオン外来も設置しておりますので、お気軽にご連絡ください。

肺がん

肺がんとは

肺がんは肺に発生する悪性腫瘍であり、肺そのものから発生したものを原発性肺がん、他の臓器から発生し肺に転移したものを転移性肺がんと呼びます。通常、肺がんと言えば原発性肺がんを指します。肺がんの原因の70%はタバコですが、その他に受動喫煙、環境、食生活、放射線、薬品などが挙げられます。タバコには約60種類の発がん物質が含まれており、肺や気管支が繰り返し発がん物質にさらされることにより細胞に遺伝子変異が起こり、この遺伝子変異が積み重なるとがんになります。

診断

肺がん
咳、痰(血痰)、発熱、胸や背中の痛みなどから肺癌が疑われることがありますが、特に早期肺がんの多くは無症状であり、検診や他の病気のために撮影した胸部レントゲンあるいはCT検査などで偶然発見されます。肺がんの広がり(進行度)を評価するために、全身CT、PET検査、脳MRI、骨シンチなどが用いられます。肺がんの確定診断には病理学的(顕微鏡レベルでの)診断が必要であり、画像診断にて肺がんを疑われた場合、痰の細胞診検査、気管支内視鏡検査、胸水が貯まっている場合には胸水穿刺による病理検査を行います。小さな病変など、これらの検査でも診断がつかない場合には手術中に組織検査を行うこともあります。
以上の検査で、肺がんの種類(腺癌、扁平上皮癌、大細胞癌、小細胞癌など)と進行度(リンパ節転移や肺以外の臓器への遠隔転移の有無)に基づいて、4段階(I期、II期、III期、IV期)に分類します。非小細胞肺癌(小細胞肺癌以外のがん)と小細胞肺癌では、進行度に応じて異なる治療法が適用されます。

手術

身体への負担を最小限に抑えるため、当科では以前から胸腔鏡補助下手術(長細い手術用のカメラを使用)やロボット手術を導入しています。これらの方法は従来の開胸手術と比べて傷が小さく、筋肉や肋骨を切断する必要がないため、術後の痛みや機能の損失が少なく、回復も早いと考えられています。がんが進行している場合など、傷を拡大して手術を行うこともありますが、腫瘍の進行度などを考慮し、患者さん一人ひとりに最適な手術アプローチ法を提供します。
肺がんの手術には以下の4種類があります。
① 肺全摘術
② 肺葉を切除する肺葉切除術
③ 肺葉内の区域を切除する区域切除術
④ 肺の外側の小範囲を部分的に切除する部分切除術(楔状切除とも呼ばれます)
従来の肺がん手術では小さな腫瘍であっても、腫瘍が存在する肺葉を完全に取り除く肺葉切除が一般的な手術方法でした。しかし、最近の日本での臨床試験の結果により、2cm以下の小さな肺がんに対しては、肺の切除範囲がより少ない区域切除が肺葉切除よりも予後が優れることが示されました。肺を温存することにより、身体への侵襲が低減され、予後の向上に貢献すると考えられています。進行した肺がんの場合には、広範囲にわたって肺や周囲の臓器(肋骨、横隔膜、大血管、気管、左心房など)を一緒に切除することもあります。また、患者さんの状況(年齢や併存症など)に応じて、手術は可能ですが、大規模な手術が困難な場合には、がんの根治性がやや劣る可能性がある小規模な手術が選択されることもあります。当科ではこれまでのエビデンスに基づき、がんの根治性と手術に伴う負担のバランスを考慮し、それぞれの患者さんに最適な治療法を提供しています。
 

周術期治療

肺がんは、早期であれば手術のみで根治が期待できますが、がんが大きい、周りの臓器に浸潤している、リンパ節転移がある、など比較的進行した肺がんに対しては、手術のみでの根治が難しい場合も多く、手術の他に抗がん剤を含む薬物療法や放射線治療を組み合わせた治療を行うことがあります。最近では免疫チェックポイント阻害薬(がん細胞がリンパ球などの免疫細胞の攻撃を逃れる仕組みを解除する薬剤)を手術の前や後に使用することにより、良好な成績が認められ、新規の有効な薬剤として注目を集めています。手術の前後にどのような治療法を組み合わせるかは、患者さんの全身の状態やがんの状態を考慮して判断します。

Q&A

  • タバコを吸っていなくても肺癌になることはありますか?
    残念ながらあります。しかし、喫煙している方は、タバコを吸わない人と比較して男性で4~5倍、女性で3倍程度肺がんになりやすいことが知られています。
  • 手術後はどのような生活を送れば良いでしょうか?
    肺を切除すると呼吸機能や体力が低下するため、術後の回復にはリハビリが重要です。日常生活の中でしんどさを感じる場面があるかもしれませんが、日常生活(家事や散歩など)を送ること自体が術後のリハビリとして最適です。ご自身のペースに合わせて日常生活を送って下さい。
  • 仕事は辞めないといけないのでしょうか。
    基本的に仕事に制限はありません。手術後は仕事への復帰が可能です。ただし、手術直後は痛みや体力低下がありますので、無理のない範囲で職場復帰できるよう、職場の方や担当医と相談してみてください。

縦隔腫瘍

概要

縦隔とは、左右の肺に挟まれた胸の中心の空間であり、心臓、大血管、気管・気管支、食道、胸腺などが存在します。縦隔に発生した腫瘍を総称して縦隔腫瘍と呼び、良性のものから悪性度の高いものまでさまざまな疾患が知られています。
発生頻度順に
① 胸腺腫や胸腺癌などの胸腺上皮性腫瘍
② 胸腺嚢胞や気管支原性嚢胞などの嚢胞性疾患
③ 神経鞘腫などの神経原性腫瘍
④ 奇形腫などの胚細胞性腫瘍
⑤ 悪性リンパ腫などのリンパ性腫瘍などがあります。
縦隔腫瘍は多くの場合無症状ですが、大きくなって周囲の臓器を圧迫したり浸潤したりすると、胸の圧迫感や痛み、息苦しさ、咳、声のかすれなどの症状が出ることがあります。

診断

縦隔腫瘍
縦隔腫瘍の診断は以下の検査を組み合わせて行います。
① 画像検査:胸部レントゲンや造影CTで腫瘍の存在や位置、大きさ、形態、血流などを評価します。そのほか、PET/CTやMRIなどを併用して、腫瘍の種類や周囲への浸潤の有無を推測します。
② 血液検査:血液中の腫瘍マーカーを測定することで、一部の腫瘍の診断に役立つことがあります。例えば、胸腺腫では重症筋無力症という自己免疫性疾患が合併することがあり、血清抗アセチルコリンレセプター抗体が陽性であるかどうかが切除範囲決定の判断材料となります。
③ 生検(組織を採取し顕微鏡で診断を行う検査):画像上切除可能であれば生検は行わず、診断と治療を兼ねて手術で切除することが一般的です。切除不能な場合や悪性腫瘍が疑われ術前治療を要する場合は生検を行います。生検は、内視鏡下で細い針を挿入して組織を採取する方法や、全身麻酔下の手術で直接組織を採取する方法などがあります。

治療

縦隔腫瘍の治療は、腫瘍の種類や進行度によって異なります。明らかに良性腫瘍を疑う場合は経過観察することもありますが、良性腫瘍であっても腫瘍の増大により症状が出現することがあるため、一般的には手術による摘出が第一選択となります。
多くの縦隔腫瘍は手術で完全に切除できれば予後は良好ですが、切除不能な場合や再発した場合は、放射線治療や化学療法などの追加治療が必要となる場合があります。また、重症筋無力症などの合併症を持つ場合は、神経内科医と連携して治療を行います。

手術

縦隔腫瘍の手術方法は、腫瘍の種類や大きさ、進行度などによって異なります。
一般的には以下のような方法があります。
胸腔鏡手術:肋骨の隙間から内視鏡を挿入して腫瘍を摘出する方法です。傷が小さく目立たないことや痛みが少ないことが利点です。早期で小さい腫瘍に適しています。
ロボット手術:2018年4月から縦隔腫瘍に対してもロボット手術が保険適応となり、当院でも積極的に取り入れて手術を行っています。胸腔鏡手術同様の小さな傷で、精緻な操作が可能となるため、腫瘍が周囲の臓器や血管に浸潤している難しい手術にも適しています。
開胸手術:胸骨を縦に切断して胸を開けて腫瘍を摘出する方法です。腫瘍が周囲の臓器や血管に浸潤している場合や、進行した胸腺がんの場合に行われます。

Q&A

  • 縦隔腫瘍は自覚症状がないことが多いと聞きましたが、どうやって発見するのですか?
    縦隔腫瘍は多くの場合、健康診断や他の目的で行った胸部レントゲンやCTで偶然発見されます。しかし、レントゲンでは見逃されることもあるため、定期的にCT検査を受けることがおすすめです。
  • 縦隔腫瘍はどれくらいの頻度で発生するのですか?
    縦隔腫瘍は比較的まれな疾患で、呼吸器外科手術全体の約6%を占めます。日本では年間約5000例程度の手術が行われています。
  • 縦隔腫瘍は何が原因で起こるのですか?
    縦隔腫瘍の原因は明らかではありませんが、遺伝的な要因や免疫系の異常などが関係していると考えられています。また、一部の腫瘍は先天的に存在する異常な組織から発生することもあります。
  • 縦隔腫瘍の手術はどれくらい入院する必要がありますか?
    縦隔腫瘍の手術は、開胸手術や胸腔鏡手術などによって異なりますが、一般的には1-2週間程度の入院が必要です。手術後は呼吸リハビリや栄養管理などを行います。

悪性胸膜中皮腫

概要

悪性胸膜中皮腫は、アスベスト曝露を原因とする疾患であり、患者の70~80%にアスベスト曝露歴があります。この疾患は胸膜中皮から発生し、胸膜の肥厚や胸水の貯留を引き起こします。初期の自覚症状としては胸痛、咳、呼吸困難が挙げられますが、無症状で発見されることもあります。アスベスト曝露から悪性胸膜中皮腫の発症までの潜伏期間は一般的に15~40年と長期間です。また、アスベスト関連の仕事に従事していた方には労災保険や石綿健康被害救済制度が設けられています。

診断

悪性胸膜中皮腫
胸部X線やCT検査で原因不明の胸水貯留や胸膜肥厚が認められた場合、悪性胸膜中皮腫が疑われます。胸腔穿刺を行い、胸水を検査します。胸水中に悪性細胞が検出される場合もありますが、胸水検査のみでは確定診断は困難です。確定診断には胸膜の組織診断が必要であり、全身麻酔下での手術による胸膜生検が行われます。確定診断と同時にPET-CT検査が行われ、腫瘍の広がりやステージングの評価が行われます。

手術

悪性胸膜中皮腫
悪性胸膜中皮腫の病理組織型は主に3つ(上皮型、肉腫型、二相型)に分類されますが、手術は主に早期の上皮型悪性胸膜中皮腫に対して行われます。手術には腫瘍を含む全壁側胸膜と臓側胸膜(肺胸膜)を摘出し、肺実質は温存する胸膜切除/肺剥皮術(pleurectomy / decortication : P/D)と、腫瘍を含む全壁側胸膜と片方の肺を一塊にして摘出する胸膜肺全摘術(extrapleural pneumonectomy : EPP)の2つがあります。当院では肺の温存が可能な胸膜切除/肺剥皮術を積極的に行っています。

薬物療法

手術が可能な症例でも、術前に化学療法(シスプラチン+ペメトレキセド療法)が行われます。手術不能な悪性胸膜中皮腫に対しては、上記の化学療法に加えて、ニボルマブ+イピリムマブという免疫チエックポイント阻害薬の治療が選択されることがあります。治療方法は年齢や生活自立度、組織型などを考慮して選択されます。また、当院では天然型マイクロRNAを用いた治験も行なっています。詳細については、こちらのホームページを参照してください。

Q&A

  • アスベストとは何ですか?
    アスベスト(石綿)は天然の繊維状鉱物です。主に保温断熱の建材として使用されており、日本では1980年代半までアスベストの輸入が行われていました。
  • アスベストに曝露する可能性のある職業はどのようなものですか?
    アスベストに曝露する可能性のある職業には、石綿鉱山での採掘や石綿を含む鉱物の採取、運搬、粉砕などを行う職業があります。また、石綿製品の製造、加工、使用、解体を行う職業でも曝露の可能性があります。
  • アスベストに曝露した人はみんな悪性胸膜中皮腫になるのですか?
    アスベストに曝露した人が全員悪性胸膜中皮腫になるわけではありませんが、曝露していない人と比べて悪性胸膜中皮腫のリスクが高くなるため、定期的な健康診断を受けることをお勧めします。